【第3回】小さな命もすべて平等な尊い命

安楽死について

ー以前、ほかの方のインタビューをさせていただいた時に、ペットの「安楽死」についてうかがったことがあります。いろんな「死」の場面をご覧になってきた小島先生は、「安楽死」についてどうお考えなのでしょうか?


小島先生:そのコが何を望んでるかだと思います。ガンなどで、そのコがもう苦しいばっかりだったら「安楽死」を選んであげたほうがいい。動物は、自分の死期を悟るといいます。ネコちゃんなんかは人に見られないようにひっそりと亡くなるなんていいますよね。

人間も江戸時代には、調子が悪くなっていよいよ最期と思ったら、水しか口にしなかったそうです。僕はそれでいいと思うんです。
動物も一緒で、病院に連れて行って治してもらえるのであればそれが一番いいんですけど、もうそれを超えてしまえば、応援してあげないと。環境を整えて見守ってあげる。寒がっているなら毛布をかけてさすってあげる。暑がっているなら風をおくってあげる。水で口を湿らせてあげる。いっぱいしゃべりかけてあげる。そうやって、最期をよりよい環境で応援してあげるということが大事なんです。

大切な家族



小島先生のおうちの「つきちゃん」こと月影くん。法然上人の「月影の歌」から名前をとったのだそう。ステキですね♪ブルーのうつくしい瞳に吸い込まれそうです。
先生のお宅には、つきちゃん以外にもたくさんの犬猫ちゃんたちが暮らしています。

小島先生:人生で傍に動物がいなかった時期は、ほんの数日しかありませんね。僕は毎日このコたちに癒されてるんですよ。


「山川草木」みんな尊い存在

小島先生:動物は「傍生(ぼうしょう)」と言ってね、人間を教え導く神様のような存在なんです。彼らから学ぶことって多いでしょ?
まず、動物にはおごりがない。真心というのかな、尊い光に包まれているんです。そして、一生懸命僕らに尽くしてくれる。全身でそれを表現してくれて。本当に癒されますよね。

それに比べ、人間は世の中で最も弱い生き物なんです。道具がないと生きていけない。言葉がないと通じあえない。
赤ちゃんは生まれたまま放っておけば100%死んでしまいます。だから人は協力するんです。協力すればするほどより良く生きられる。


仏教では、「山川草木(さんせんそうもく)」と言って、小さな命もすべて平等な尊い命であるという考え方があります。
人間もその中の一つにすぎず、まわりのものすべてに支えられて生かされている。
地球の引力がなければ立っていることすらできない。もたれかかっているだけなんです。そこに気づくことが大事。
そこに気づけば、すべてのことに感謝することができるようになる。「おかげさま」の精神ですよね。

<続きます!第4回は 2017/07/26 Wed に更新します>


圓福寺さんについて


圓福寺は、円空上人が京都深草の里に真宗院を建立したことに始まります。岩津にある本堂は、安永九年(1780)に建立され、平成十四年(2002)に大改修がなされた、とても歴史あるお寺です。 ペット葬儀の草分け的存在でもあり、ペットロスに悩む方々を読経や法話で癒しへと導いてくださいます。 また、圓福寺会館では、テコンドー教室やさまざまなイベントも行われており、市民の憩いの場となっています。

【目次】圓福寺ご住職のアノコモ的法話「犬猫の死から学び、気づくこと」

ペットとともにいきること わかれた後に気づくこと


小島先生のお話をうかがって、ペットはかけがえのない家族なんだということをあらためて痛感しました。人間だから、動物だからという区別なく、みんな大切な尊い命であるということ。その思いは、アノコモの目指すビジョンと重なります。地域のみんなで小さな命をつないでいくためにアノコモは、まずは人と人がつながれる場を作っていきます。


インタビュー

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