[第3回]読み聞かせの原点は「裸の王様」だった

子どものころ受けた喜びを
今度はあたえる側に

ここでちょっと浅井洋子さんについてお話ししましょう。
おだやかでやさしい笑顔の浅井さんは、じつに多彩な経歴の持ち主です。


30代の前半、浅井さんは「へなそうる文庫」という私設の文庫を開設しました。『もりのへなそうる』(1971年 作 わたなべしげお 絵 やまわきゆりこ)にちなんだネーミング。「ちいさいおうち」の前身ですね。
250冊もの蔵書を持ち、それを子ども達に貸し出し、並行してボランティアで、公民館などで読み聞かせをはじめました。

それより前の浅井さんの「絵本人生」の2本柱の1本になるのが、「岡崎子どもの本研究会」の設立にかかわったことです(1981年)。日本子どもの本研究会は50年以上の歴史を持つ大きな団体ですが、「岡崎にもつくろう」と、地元の有志や小学校の先生、そして浅井さんのお母さんとともに奮起しました。
同じころ、浅井さんは地元のアマチュア劇団に入団し、表現力に磨きをかけました。
ここで、表現者としての浅井さんと絵本がつながり、その後の活動に続くツボミとなったのです。

しかしそれよりもっと前に、浅井さんを強く突き動かしたものが…。それは小学生時代、N先生との出会いでした。

浅井洋子さんの原点を探る
N先生との出会い、『裸の王様』

浅井:これまでのわたしの活動に、N先生の存在が欠かせません。
N先生は同級生のお母さんでした。お宅がご近所でしたし、しょっちゅう遊びに行っていました。

N先生はご自宅で子ども達に、さまざまなことを教えてくださいました。塾というんじゃなくて…。

—「子ども会」ですね。地域で子どもを見守り、遊ばせながら学ばせる感じの。浅井さんの子ども時代だと全盛期ではないでしょうか。

浅井:ええ、放課後の子ども達の遊び場でした。50年近く前のことです。


N先生はとても先進的な方でした。
お宅にはたくさんの本やレコードがあり、わたしたちは読書やお絵かき、紙芝居を楽しみ、これまで聴いたこともなかった音楽と出合いました。
文化的な雰囲気にあふれたお宅でした。

N先生はお芝居も教えてくださいました。
あるとき、みんなで『裸の王様』をすることになり、その主役にわたしが選ばれたんです。小学校低学年でした。引っ込み思案で、学芸会ではセリフを書いた板を持つ係か、背景の木の役しか演じたことのなかったわたしが、です。

『裸の王様』は小学校でも上演されました。背景役だったわたしは同じ舞台で、はじめてセリフをしゃべったんです。
この経験によりわたしは、演じること、表現する喜びを知りました。また内向的な性格に「やればできるんだ!」と、勇気と自信をあたえてくれました。

—『裸の王様』が、浅井さんの原体験なんですね。小さいころの体験は、その後の人生に大きく影響しますよね。
そういえばこちらのお店も、N先生の子ども学校に似ているんじゃないでしょうか?子どもの創造性をのばし、育んでくれるような。


浅井:あっ、N先生から教えていただいた喜びや楽しさを、今の子ども達にもあたえてあげたいという思いが、どこかにあるのかもしれません!

ちいさいおうち 22年の歴史
最初のお店…木造2階の子どものための空間
どんぐりさんの影響


浅井:オープンは1995年11月3日、文化の日です。母と研究会の方と、いっしょに立ち上げました。
篭田公園のすぐ近く(八幡町)の古い木造家でした。急な階段をのぼった先のせまい部屋に、たくさんの子ども達が集まり、自由に遊びまわりました。
読み聞かせも、ものすごく喜んでくれました。

—これまでの演劇経験が功をなしたというか。

浅井:劇団で学んだ声の出し方や表現の仕方がいかせたと思います。でも周囲の反応はまちまちで、ひどい言葉を浴びせられたこともあるんですよ。

—えッ!?

浅井:読み聞かせ自体が異端視される時代だったんです。
「お友だちにはナイショで」と、こっそりかよってくる子もいました。
それでもみんな、すごく楽しんでくれて、喜んでくれて…。はげみになりました。

それから11年たって建物も古くなり、子どもたちが飛んだり跳ねたりするにはムリがあるなぁと考えていたところ、ご縁があってこの場所に新築開店しました。2006年のことです。
11年前…、今年でちょうど折り返し地点ですね!
でも、なかには「八幡町の方がよかった」という子もいるんですよ。せまい部屋に本がつくなって(※積み重なって)、クチャクチャでしたのに。


—その子にとって宝物のような、たいせつな思い出の場所なんですね。
そもそも「ちいさいおうち」を開店させたきっかけは?


浅井:若いころから絵本が大好きでした。
それと、「どんぐり」さんの影響も大きかったです。
児童書専門店でした。ここからすぐ近くにあり、わたしたち親子は楽しみに通っていました。でもご主人が突然亡くなり、わずか3年で閉店してしまったんです。残念でした。
そこで、気付いたんです。「こういうお店が必要だ」と。「どんぐりさんに代って、自分たち、そしてたくさんの子ども達のために、子どもの本のお店を作ろう」と決意したんです。

そこで、名古屋の絵本専門店に相談に行ったんです。そうしたら、「絶対にやめた方がいい。やっちゃダメだよ」、「こんな苦労はしない方がいい」。

今では考えられませんが、まだまだ閉鎖的で、新しい事業に風当たりの強かった時代でしたから…。名古屋のお店の方も苦労をなさったんでしょうね。

—それでも踏みとどまらなかったのは?

浅井:見切り発車というか、動き出してしまったから…。それと、やはり絵本が好きだったから。

<続きます!第4回は 2017/03/02 Thu に更新します>


子どもの本専門店「ちいさいおうち」について


「ちいさいおうち」では毎週、読み聞かせの会を開催。また「ちいさいおうちだより」を刊行し、本や詩を紹介するとともに、児童文学の研究会「バオバブの会」も主催してみえます。

※『ちいさいおうち』はバージニア・リー・バートンの名作。日本では1954年に石井桃子の訳で発行されました。
※お店のロゴマークを手がけたのは絵本作家の高畠 純さん。代表作に『わんわん わんわん』『おどります』『おとうさんのえほん』など。「ちいさいおうち」の看板には、池の面にうつった4軒の家と、ワンちゃんが描かれています。

  • ちいさいおうち
  • 〒444-0057 愛知県岡崎市材木町3-2
  • 営業時間:10:00~18:00
  • 定休日:水曜日
  • 公式ホームページ

【目次】浅井さんの絵本を通して知ったこと「言葉に頼らないから、いっそう通じ合う—。」

絵本と子育てとアノコモ


浅井さんのお話をうかがっていると、言葉だけではない、心と心のコミュニケーションの大切さを実感します。言葉をまだ話せない子どもと、言葉を持たない動物、だからこそ通じ合える関係がある。そんな心と心の関係を、この地域社会にも広めていきたいと、アノコモは考えています。


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